Girls in Grindhouse

映画と百合とかアイカツが好きなオタクの思想の垂れ流し

「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」感想と賞賛と愚痴

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この映画が酷評されている理由がわからない。
恋愛映画のようにマーケティングされていたにもかかわらず浮遊したまま物語が終わり安易に男女がつがいになって終わらなかったのがいけなかったのだろうか。そればかりは酷評されているみなさんの気持ちになってみなければわからない

しかしTwitterで4.7万RTされている「打ち上げ花火ひどいらしい」とyahoo映画のレビューをスクショして広めたツイート。
その内容は「君の名はの二番煎じ(企画はこちらが先)」「中身がスカスカ、演技が下手、作画が~」etcと抽象的で雑で控えめに言っても酷い
このツイートが広まってしまった事、それを真に受ける人間が多すぎた事がこの作品最大の不幸だろう

酷評自体は別に構わないのだ、しかし酷評する人間というのは大抵が短文で自らの言葉を持たない。
もし仮に「物語が水に始まり水に終わった」「医者のゴルフの玉がハズレてばかりだったそれが何のメタファーだったのか」「少年が線路を歩く意味とは」なんかを理解している上で理由付けして酷評している人がいたのならぜひ話を伺ってみたい(というかそもそも夏休み映画にしても「少年が線路を歩くってベタすぎるだろう。それでもその意図を汲み取れてない人間のほうが多いみたいだが)

さて、文句はここまでにしてここからは僕は自分の言葉でこの作品を褒めることにしよう。
まずこの作品は「中学生」という時期を切り取ることに徹した映画だ。
とにかくヒロインなずなが、エロイ。これはもう中学生の男子が主人公だから仕方ないだろう。作中では何度も中学生男子っぽい下ネタが出てくる。この感性は男性にしかわからないかもしれない。だから僕はこの映画を見て「チンポ生えててよかった~~~~」と思った。なずなは主人公たちより背が高く大人っぽく、酷く扇情的でフェティシズムでそれはもう中学生男子を誘惑する「小悪魔」以外の何者でもないだろう。

ここでたまたま見かけた「シャフトっぽくない」という感想に異議を唱える事になる。
シャフトはこれまで物語シリーズで「怪異」、劇場版まどマギでは「悪魔」を描いてきた。そんなシャフトが「小悪魔」を描く事はなんらおかしな話ではないだろう。

またこの映画はそれはもう演技が素晴らしい。菅田将暉くんの映画は棒と言われてるらしいが、それが逆にこの映画に取って功を奏している事にどうして気付かないのだろうか。
菅田将暉宮野真守の演じるキャラクターは少年的、対して広瀬すず演じるなずなは大人びている。
ここで宮野真守氏は敢えて少年っぽく棒読みな演技を見せてくれた、その手腕たるや。
そうして棒っぽい少年二人、に対してこれはもう意図して設置されているのだろうが広瀬すず氏の演技はうますぎるのだ。あいつはバケモノなのか!?
海街diary」でベストアクトだと思ったら「ちはやふる」で和製帝国の逆襲をやってのけ「怒り」ではまさかの☓☓☓されるような役柄を演じ一皮剥けた広瀬すず氏。そんな彼女はなんと、声優まで上手かった。もう本当に欠点が見当たらない、彼女が瑠璃色の地球を歌うシーンで私は鳥肌がたった。サントラを即購入した

原作既見だったため電車以降のシーンはどうなるのかハラハラしっぱなしで、だからこそ瑠璃色の地球からの流れで度肝を抜かれ、その虚構の力に涙腺が緩んでしまった。
そして虚構の力が強ければ強いほど「中学生」の無力さが輝くのだ。なずなの父に殴られるシーンの現実への、大人へのどうしようもない抗えなさ。あのシーンを見て逆にどうして「中学生の映画」だとわからなかったのかが知りたい。

とりあえず気になっている人は見に行って損はないと思います。
賛でも否でもいいので自分の言葉でしっかりとした理由付けのある感想を落としてください頼みます。