Girls in Grindhouse

映画と百合とかアイカツが好きなオタクの思想の垂れ流し

考察 画面の動きから見る『ポッピンQ』

※注意  ネタバレしかありません

 

 

最初に結論から述べます。

この映画は

前へと進む動き=画面の右から左(←の動き)

それを障害する様々な要因=画面の左から右(→の動き)

というように動く構造になっています

 

一番分かり易い例を挙げてみます

 

この映画の目玉である"11.88"のシーン

過去の陸上のシーンではテレビ等でもよく見るように

トラックの左側から右側(→)

それを乗り越え沙紀の元へと向かうシーンでは

吊橋を右側から左側(←)

へと駆け抜けます

何もこじ付けじゃありません、この映画を最初から振り返ってみます

 

最初にこれらの動きが見られるのはオープニング(のはず)

伊純以外の面々は欠片を手にし、卒業式へと向かう為に改札を通ります(そういえば沙紀だけ改札を通るシーンじゃなくて電車へと乗り込むシーンだったのは何故なんだろう?)

この時の動きがみんな右側から左側(←)です

 

ですがその前に伊純のみ改札を抜けた後、学校とは反対方向への電車と飛び乗り砂浜へと向かいます

これは言わずもがな逃避の動きのため電車は左側から右側(→)へと向かいます

 

ここでTwitterで見かけた一つの疑問を引用してみます

Q.他のみんなは欠片を拾ってそのまま学校へと向かったのにどうして伊純だけ砂浜に立ち寄る必要があったの?伊純も道中で拾ってそのまま改札通ればよかったじゃん?

 

これに対しても先程から述べている意見を当てはめてみると

A.冒頭でこの動きを示しておく必要があった、ということになります

登場人物が前へ進む時は右から左へ、後退してしまう時は左から右へと進んで行きますよ~という説明のためにこの描写が必要だったのです

実際その後欠片を拾った伊純もまた、改札を右側から左側(←)へと通り抜け、時の谷へとやってきます

 

さて、時の谷へとやってきた伊純は柱の上で同位体ポコンと遭遇します。

ポコンと共に飛び降りた後、これもまた伊純は右側から左側(←)へと歩いて行きます

その後初めてキグルミに遭遇した伊純は逃げるので左側から右側(→)へと走りますが、あさひの方へと逃げ込む際には右側から左側(←)の構図に変わります

この直後防犯ブザーを鳴らした小夏もテントの中に逃げ込みますが、それは作戦通りなので右側から左側(←)の動きになっています(ここめっちゃ感心した)

 

と言うように散々証拠を挙げて来た通りこの左右の動きの話は制作陣も意識して作っているものだと思われます(というか漫画も小説も日本では右から左に進んでいくものですし)

が、1シーンだけ明確に、何故か右側から左側(←)の動きを使うべき場面で左側から右側(→)の動きになっているシーンがあります

 

それはキグルミに攫われたレミィと沙紀を助ける鍾乳洞のシーン

その直前にレミィを捕まえたキグルミ(グロスって個体らしいです)に対して伊純が向かっていくのですがこれは「まだ敵わない!」と劇中でも言われているように左側から右側(→)の動きが採用されていました

そしてもう1度同じキグルミ達へと立ち向かっていく訳ですがここで伊純たちは能力を手にし無双する明らかな勝ち試合を繰り広げます

なのに動きは後退を意味する左側から右側(→)

これはおかしいんじゃないか?と思いましたが改めて考えてみるとこのシーンはこれで良いという考えに至りました

というのも、このシーンではキグルミを差し向けた敵であるはずのレノは彼女たちが能力に目覚めた瞬間不敵な、嬉しそうな、笑みを浮かべます。そしてそのままレノは戦う事無く欠片をおいて自滅

 

試合には勝ちましたが本編が終わってもなお謎はそのままです。ので、そう言った疑問、違和感を植え付けるためにわざとこのシーンは活躍シーンでありながら左側から右側(→)の動きを採用しているのではないかと思います

(実際レノは何者なんでしょうね?次なる敵のために彼女たちを纏め上げた必要悪だったのか、けれどもCパートでは「破壊を愛する~云々」的な事を言っています。敵が強ければ強いほど、壊し甲斐があるほど喜ぶとか?だとすると彼女たちが能力に目覚めたこと自体が次回作ではマイナス要因になるので画面の動きと一致します。とにかく能力の発芽は素直に喜べるものではなさそうですね)

 

ここから後は冒頭にも述べた11.88のシーンなんかがありますね。過去の左側から右側(→)の力に対して直接的に右側から左側(←)の力が打ち勝っていて一番分かり易く、それ故にカタルシスを得やすいシーンになっています

あと塔から伊純が落ちるのは左側から右側(→)でそれを沙紀が救うのは右側から左側(←)だったりします。動きを意識することで名シーンがさらに尊みを増しますね...

 

しかしこの動きの流れから読み取って行くとラストシーンはあまりにも美しすぎます

あの時の100m走と同じように左側から右側(→)に走っていき、深町へとバトンを繋ぐ...と見せかけてそのままトラックを周り動きは右側から左側(←)へと変換されます

つまり、過去を乗り越え前に進むという作品のテーマそのものがこの1シーンにギッチリと詰まっているのです。天才か?

 

 

以上、初のブログ記事になりますがここまで読んでくれた方々に感謝を。

この記事を読んでポッピンQがもう一度見たくなったという方もそうでない方も是非もう一度劇場へと足を運んで下さいますと筆者は泣いて喜びます